『静かの海』


   


                  およぐ  そよぐ  もどる  かわす


「どうしてもね、だめなの」 透明な声。 ふぅん、と僕は相槌を打つ。 日の光に輝く金の髪が滑らかに流れるのを、結いを下ろした髪がいつも明るい君の表情を暗く隠すのを、 愛しげに眺めながら相槌を打つ。 「あとちょっとってところで、やっぱり怖くなるの」 うん、うん、そうだろうね。そう言って頷く。 けれども僕の意識は君の話と日溜まり色の髪を行ったり来たりしている。 ごめんよ、その話にはもう興味がない。 何度も聞いたものだから。 陽光が僕の顔を照らす。 隠れていない右目を細めて笑った。 「お兄さんは怖くないの?」 金色を揺らして、君が僕を見る。 君から見えるのは右目だけのはずなのに、君の視線は僕の左目に突き刺さる。 痛いくらいにまっすぐに。 「怖くないよ」 怖いよ。 君が怖い。 ゆうだちざあざあ    あめはたびのあいずだ せきゆのうみおよぐ   ちいさなてでクロール 「怖くないの?」 「怖くないよ」 およぐ  そよぐ  もどる  かわす 「ヘンリーくんも怖くないんだって」 「そう」 まわる  みちる  くちる  おちる 「加藤さんたちはなんで平気なんだろう」 「彼らはそれが仕事だからね」 そまる  ゆらぐ  とどく  ながす 「いいなぁ」 そそぐ  ほどく  よどむ  まどろむ 「お兄さん」 ゆれる  ねむる  ひかる  ふれる 「何だい」 およぐ  そよぐ  もどる  かわす 「ポエットね、人魚になりたいの」 まわる  みちる  くちる  おちる 一一一一一一一一一一一一一一君は天使だろう? きみはスイマー ずぶぬれスイマー 君がそれを口にするのは今に始まったことじゃない。 人魚になりたいのだと言う。 でも君がもし童話の人魚姫を知っていれば、そんなことは言わないだろう。 人間の王子に恋をして、叶わぬ恋に身を焦がし、自らの声を捧げ、挙げ句。 海の泡となって消えた、人魚姫。 君はそれを望むのかい。 「そんなに泳げるようになりたいの?」 「うん」 君は、笑う。 水中から見る太陽にように、優しい眩しさで。 僕を包む。 海のような静けさで。 「どうして?」 「空を飛ぶことはむりだけど、泳ぐことならお兄さんと一緒にできるでしょ?」 一一一一日溜まりが揺れる。 いつか君が言った、冬の空のような僕の肌に、小さな手が触れる。 ほのかに暖かい、日溜まりの温度。 君の手から伝わって、僕のからだに染み渡る。 からだに、 こころに、 すべてに。 まるで抱かれるように。 母なる海に。 静かな海に。 「一一一お兄さん」 きみはスイマー ずぶぬれスイマー 「ポエット、がんばるから」 君は確かに人魚姫だよ。 空を泳ぐ人魚姫。 捕まえられない魚のような。 両手をすり抜ける泡のような。 「だから、泳げるようになったら一緒に海に行こうね」 欲張りだね。 空だって飛べるのに泳ぎたいだなんて。 僕と一緒に泳ぎたいだなんて。 君の羽根が失くなればいいと願うよ。 そしてふたりで海の泡になれたらどんなに幸せだろう。 ゆうだちざあざあ    あめはたびのあいずだ せきゆのうみおよぐ   ちいさなてでクロール 海の泡になれたら。 静かに消えてしまえたなら。 「待っててね、お兄さん」 「待ってるよ」                                       およぐ  そよぐ  もどる  かわす






























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