『月夢』 








     (傲慢すぎる、結局は戯れ事だというのに)



















月の無い夜は暗い。
それは目の前の燃え盛る灯火に目が慣れたせいというのもあるのだろう。
天井へと昇る炎の隙間から覗く空の色は紺碧というよりは黒に近い。
背後に広がる森も昼間とは色を変えた、それはまさに闇と呼ぶに相応しい黒で、
夜の薫りと炎の煙が混ざり合って鼻を突つく。
「何をしてるんだ」
焚き火の向こうに座り、何やら夢中で手を動かしている青年を見てアラゴルンは何気なく問うた。
声を掛けられた青年はアラゴルンを見ようともしない。膝の上で両手を前後に移動させる単調な動作を蒼色の瞳で見
つめながら、少しも手を休めようとしなかった。
答えない青年を、アラゴルンは頬杖をついて眺める。
炎を映した橙色の長い髪が夜風に揺れていた。
昼間の木漏れ日のような白金の髪は夜には色を変える。
この青年自身も、色を変える。
「レゴラス」
彼の身分を明確に証明し確立するその名を呼ぶ。
口にする度に息が詰まる言葉ほど必要になるのは知っている。
「レゴラス」
二度目。
息苦しい。
二度目でやっと、レゴラスは顔を上げた。
焚き火越しに彼の蒼く燃える瞳と視線が交わる。
炎の向こうの蒼は静かに揺れている。
レゴラスの青眼は夜でもよく映えた。例え炎が眼前に在ったとしても色を変えない。彼が持つもので色を変えないの
は、この瞳だけだった。
それはまるでこの夜空のような。
燃え上がる炎と溶け合わない蒼。溶明も、溶暗もしない、頑な色。
対極とも言える相関図がそこにはあった。
レゴラスは小首を傾げたが、自分の手元を見るアラゴルンの視線に気付いて、「ああ。」と軽く左手を上げて答える。
薄く笑んでいる形の良い唇。
上げたレゴラスの左手には短剣が握られていた。
丁寧に磨かれた短剣は炎を映し、ギラギラと紅く揺れている。
「これを研いでいたんだよ」
そう言ってレゴラスは短剣の鋭い刃に魅入る。
「お前はナイフも扱うのか?」
蒼い炎がもう一度アラゴルンを見る。
レゴラスはついに「ははっ」と、声を上げて笑った。
「冗句かいアラゴルン。私だって護身用のナイフくらい持つ」
左手で短剣を器用に回しながら、少し皮肉った調子でレゴラスは笑って言った。
何も含まれていない笑顔。
そこには虚偽も表裏も存在しない。ただ無邪気に、笑うだけの子供の笑顔。
「出番があった試しは、まだないのだけどね」
残念だよ、と言葉を零す。
炎の赤が2人を包む。
「何せ私の懐に入って来れる奴がいない」
「自慢話か」
「まぁ聞いてくれよ。腕自慢は久しぶりなんだ」
そう言って楽しそうにレゴラスは笑う。
その様子は本当に子供のように無邪気で無垢。
かつてアラゴルンが子供だった頃から、彼はこうだった。
長い年月が過ぎ、少年は成長し、アラゴルンやアラゴルンを取り巻く全てのものが変わっていく中で、レゴラスだけ
は変わらなかった。
まるで世界に置いていかれたように、レゴラスや、レゴラスを取り巻くものたちだけが何も変わらなかった。
さながら全てが幻のように。
「聞いているか、アラゴルン」
レゴラスの問い掛けにはっとして、アラゴルンは隣を見た。いつの間にか、レゴラスがすぐ横に座っていた。
「ああ、聞いている」
受け答えが億劫になると思わず肯定してしまうのはアラゴルンの悪い癖だ。
嘘をつくつもりはないのに、困ったものだと日頃から反省していたが、また反省する羽目になってしまった。
それを知っているレゴラスは隣でくすくす笑っている。
「つまり」
苦い表情のアラゴルンを見て忍び笑いをやめ、レゴラスはそう切り出す。
しかし、薄ら笑いは消さない。
「誰も私を傷つけることはできない、ということさ」
そう言って、短剣を握ったレゴラスの手がアラゴルンに向けて弓を引く真似をした。
戦闘の時に敵に狙いを定める人差し指と蒼い瞳と短剣の切っ先とがアラゴルンの青灰の瞳を捕らえる。
戦場の匂いがした。
「あなた以外は」
交錯する瞳。
薄ら笑い。そこには虚偽も表裏も存在しない。
ただ単純に射抜くだけの行為。
「私には無理だ」
「あなたならできるよ、エステル」
幼い頃の名前を呼ぶのは母ではない。
いつだって記憶の底にあるのは金の髪の青年。
木漏れ日のように優しく、時に炎のように激しい。
平穏な日々の温かい笑顔も、戦乱の中での刃のように冷たい微笑も、
全て余す事無くこの胸に刻み付けられる。



















傷つけるのは私の役目ではないよ。
そして私を傷つけるのはいつだってお前なんだ、レゴラス。


















「眩しい」
切っ先がアラゴルンの瞳に反射して銀色に光り、思わず目を細める。
「ああ、すまない、つい。」
レゴラスが両の手を下ろすと、空気も元に戻ったようだった。深い森の奥から、深淵の薫りが再び立ち篭めてくる。
パチリ、と木の爆ぜる音。
「あなたがそんなだから、いけないんだよ」
蒼い炎がそう言って笑う。
まるで森全体がアラゴルンを笑っているようだ、と。
灰青の瞳がそれを受け止め、嘲笑した。
「お前の方こそ、お前がそんなだから、私は」
私は。
「レゴラス」
三度目。
呼吸が、止まってしまいそうだった。
そしてそれはけして間違っては無い。
形の良い唇がアラゴルンの唇に触れる。
目を開けると、眼前にレゴラスの整った目鼻があった。
衝突。
蒼い炎と青灰が、衝突する。
笑っている。
「アラゴルン」
成長した少年の名前を呼ぶのは森人の青年。
しかしその声を母と重ねるには余りにも刺々しい。
傷つけることしかしない、鋭い刃のような声。
(だってこんなにも傷痕が痛む。お前に付けられた痕が)
触れられた唇が痛い。
それでも笑わなければ。
泣いてしまえば、そこで終わる。










ざわざわ、と。
木々と風がざわめいた。
胸騒ぎにも似たそれを、
「ああ、梟だね」
と、レゴラスの声が掻き消すように遮った。












所詮は終わる日までの戯れ事。
なのに何でこんなにも互いにむきになる?
きっとそれは月の無い夜の夢のせいだと思っておいて、
炎の中にひとつ、小枝を投げ入れた。













今は深い夜、朝にはまだ遠い。

























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翡翠さんに捧げるアラゴルン×レゴラス。
…のつもりだったんだけどどうなんでしょうコレは……
時期的には物語の序盤あたりのつもり。
ナイフがどうとか言ってますが、序盤でレゴ、剣でバシバシ闘ってるんですよね。
まぁそれも含めて皮肉ってことで…短剣は使ってないしね!(屁理屈)
翡翠さん、こんな物で良ければ晩のおかずにして下さい(食中毒になるぞ)














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